静岡教材社 十和田丸 詳細

インジェクション・プラスチックモデル・十和田丸(初販版)
静岡教材社が、最初に製作販売した青函連絡船十和田丸(I)のインジェクション・プラスチックモデルのボックスです。

この初販版は、昭和38年の静岡模型協同組合主催の見本市に向けて制作されたもので、当時青函航路で洞爺丸代船として就航していた十和田丸(I)をチョイスしたのはデザイン性からも無理のない所でしょう。

ボックスアートとデザインですが、左の黄色い部分には上から順に、「モーターで走る」「豪華 国鉄青函連絡船」「十和田丸」「プラスチック製6カラーモデル」と書いてあります。サイドには指定モーター(TKKマブチ25モーター)と電池(単3を2本)が書いてあります。

他の絵もなく番号もないので、他のキットとは違いシリーズ化してしないものと思われます。
キットの内容ですが、ボックスの横に印刷されていた「プラスチック製6カラーモデル」というのは、船体(クリーム色っぽい)、船底(緑色)、錨甲板やボート上部(茶色)、採光窓(クリアーブルー)、煙突(ピンク色)、煙突トップ(黒)の事を指す事がこのパーツ構成で良く分かります。

タミヤの接着剤と比較していただければおわかりだと思いますが、キット自体の全長は約36センチくらいです。

本製品を所有されている方が昨年、組み立てて走らせてしまおう!と思いパーツを洗浄して仮組みをしてみたところ、船橋の部品が無い事が判明してそのまま保存対象にしたという経緯があります。
 
組立説明書です。三つ折りになっていてとにかく大きいものです。

裏面には何も印刷されていません。

スケール表記はこの組立説明書の左上に印刷されている船名の下にあり1/280と表記されていますが、モデルの36センチ程の船体長から換算して約1/300以上の縮尺で作られているようです。

また組立説明書の右面上部に全パーツの部品表があります。
インジェクション・プラスチックモデル・十和田丸(第二販版)
津軽丸型連絡船が建造されて、俄然注目を浴びた青函航路の各船を模型製作メーカーが見逃す事はなく、第二版として世に送り出したのが、この箱絵に変わったものだと想像されます。

梶田達二氏の描くボックスアートは確かに津軽丸型ですが、十和田丸(II)は竣工時からオレンジ色の船体色で登場している事から、先に就航していた、八甲田丸、松前丸(II)、大雪丸(II)を参考にして船体を薄緑色に着色したのではないかと想像できるのと、国鉄側が提示した竣工予想図のカラー挿絵では船体が薄緑色でファンネルがオレンジの鉢巻きというデザインで描かれていた事から、これを参考してる事も十分考えられます。

箱の上面右下部には「国鉄青函連絡船/十和田丸」、「S KIT No.305」、「¥600」とあります。また側面には、「国鉄青函連絡船/十和田丸」、「ALL PLASTIC MODEL SHIPKIT」「SCALE 1:280」、「TOWADA-MARU」、「指定モーター(TKKマブチ25モーター)」、「電池(単3を2本)」、「水中モーター使用可」、と表記されています。
上箱と下箱、及びキットの梱包状況です。

箱は40センチ弱ですからA4ファイルサイズの箱と見て良いでしょう。中にぎっしりとパーツが詰められているという印象を受ける梱包状況です。

初販版が横長の箱にぎっちりと梱包されてた為、パーツごとに余裕を持って内包出来なかった事を考えたのか、若干縦に長くサイズを拡大した箱にしている事が大きな特徴となっています。
箱から取り出した各パーツ群です。

組立説明書は折り畳む方式ではなく丸められて収められているのが他にない特徴でしょうか。

素組みで完成させても連絡船の船体塗色に再現できるパーツ割りと配色は今あるプラスチックキットがグレーまたはホワイトだけである事を考えると実に親切であり、
このキットには、初販版のボックスアートをモチーフにしたカード(栞)添付されています。初販版のボックスアートは、国鉄が制作した初代十和田丸の竣工栞にある構図をそのまま写しらしい絵柄だった事とからも、国鉄側の協力が多分にあった事が伺えます。
高解像度画像1000×690(137KB) 組立説明書ですが、初販版と違う部分は、左上面の船名と組立説明書の表記部分が黒地に白文字から白地から黒文字に変更された部分と、静岡教材社の社名ロゴデザインが全面変更になっている部分です。

他には目立った変更点はないようで、基本的にこのキットは箱絵替えによるものであると言う事を宣言できる確たる証拠として扱えるものです。

左の画像を開くと高解像度版の組立説明書をご覧になれます。尚、画像サイズは1000×690で、データサイズは127KBとなっています。元に戻る場合はブラウザの「戻る」ボタンでお戻り下さい。
インジェクション・プラスチックモデル・十和田丸(第三販版)
上記2種類のキットの他に、インジェクションパーツの色替えを施した第三販版も存在しているようです。

これは船体の緑色を二代目十和田丸の船体色であるオレンジに変更したものですが、他の変更点は実物資料が手元にない為、詳しく述べる事が出来ません。今後更に調査対象として広く一般に訊ねてみたいと思います。
プラスチックモデル十和田丸についてのまとめ
今回、検証作業を終えて以下の点をまとめとして報告したいと思います。

 1、プラスチックモデル十和田丸は、昭和38年に発売され昭和48年ころまで販売が続いたキットである。
 2、キットは、初代十和田丸をモデライズしている。
 3、十和田丸のキット自体は初販版から第三販版までパーツ等の仕様変更が行なわれていない。
 4、昭和40年以降、新鋭津軽丸型連絡船の就航に合わせて箱絵を津軽丸型へ変更した。
 5、第三販版では就航した十和田丸(II)の船体色に合わせて船体パーツの色もグリーンからオレンジに変更された。

この検証結果により、一般書籍『プラモ・ボックスアートの世界/小松崎 茂と昭和の絵師たち』で紹介されている梶田達二氏によるボックスアートは、第2販版を掲出したもので、初販版は梶田氏の手によるものでは無いと判断します。尚、同書内で「国鉄青函連絡船・十和田丸・シズキョー・1963」と有った記述は、初販版の事を指していると思われます。

疑問に残った津軽丸型のモデルは、上記の検証結果により存在しない事が判明しました。単なる箱絵替えは当時から現在に至るまで良くある事で、陳腐化した表装を更新する事で新たな購買意欲を未購入ユーザーに植え付ける手法が取られたのだと思います。予想するに世に送り出されたプラキットの数は初販版よりも第2販の方が多いのではないかと判断します。惜しむらくは新鋭船として津軽丸型を作る余裕が静岡教材社に無かった事です。もし、初代十和田丸に続いて津軽丸型がリリースされていたならば、現在でも注目されるキットとして多くの人の記憶に残ったことでしょう。
静岡教材社(シズキョー)について
静岡教材社は、昭和22年ごろ静岡市紺屋町で学校教材製造メーカーとして創立されました。

当時の静岡周辺で製造メーカーとして存在していたのは以下の各社です。

  青島文化教材研究所・・・・・(現アオシマ)
  渥美産業・・・・・・・・・・・・・・(ASK・倒産)
  今井商店・・・・・・・・・・・・・・(今井科学・破産)
  飯田教材製作所・・・・・・・・・(後の飯田理工・倒産)
  科学教材社長谷川・・・・・・・(現長谷川製作所)
  静岡教材社・・・・・・・・・・・・(これがシズキョー)
  田宮商事模型教材社・・・・・(現タミヤ)
  富士模型教材社・・・・・・・・・(不明)
  フジミ模型教材社・・・・・・・・(現フジミ模型)

これらのうち、昭和30年7月に静岡教材社、長谷川製作所、青島文化教材、渥美産業、飯田理工の5社が静岡模型教材協同組合を結成したとの事です。

現在の静岡ホビーショーの前身である静岡模型協同組合主催の見本市は昭和34年に第一回が開催されていますが、昭和36年の第三回出展企業リストに名を連ねているのは、今井科学/長谷川製作所/田宮模型教材社/フジミ模型社/青島文化教材社/渥美産業/静岡教材社/静岡理工社の9社です。

主な出品物は当時の主流であった「木製艦船模型」ですが、タミヤの「ゴールデン・大和」、ベビーレーサー今井の鉄人28号、鉄腕アトム、戦艦「金剛」「霧島」「伊勢」「日向」「山城」「扶桑」、長谷川製作所の「ミズーリ」「ヨット・バリアント」、フジミの「大鳳」「長門」「陸奥」、青島の「ブルーバード・モーターボート」、宇宙ロケットに伍してシズキョーは戦艦「金剛」「比叡」「榛名」と空母「信濃」を出品しています。(今井の戦艦シリーズが売値300円のところ、シズキョーのシリーズは100円で、モーター付きの表示がありません。小さなものだった記憶があります。

十和田丸の発売は昭和38年の見本市での発表ですが、当時建造中だった「津軽丸」型ではなく、昭和32年に建造された洞爺丸代船の初代十和田丸(その後改造されて二代石狩丸)をモデル化しています。(なんと組み立て説明書には昭和23年建造と印刷されていました)

他にシズキョー(静岡教材社)の作品としては、ロケット戦車や モーターライズ戦車の「SU−100自走砲」、「パンテル」、「ヤグパンテル」、「III号突撃砲戦車」( 1/50 大砲発射音、発光装置付)などがあります。

同社は昭和38年4月の日本プラスチックモデル工業協同組合設立にも参加し、現在の全日本ホビーショーの前進である全日本模型見本市にも積極的に参加していたようですが、オイルショックの前後で経営が立ち行かなくなり、廃業に追い込まれました。いわゆる傑作モデルもあまりなかったためか、同社の金型がどうなったのかは資料が無く不明です。
資料提供者
この検証作業に対して快く資料を提示して下さり写真資料を提供して下さった方々です。

 おじさん 様
第2販版を所有され、静岡教材社と同キット、更に静岡周辺の模型業者について詳しい文書資料を提供して下さいました。非常に良い保存状態を保持されていてキット全般にわたってのディテールのみならず、初販版との差異も的確にリサーチできるキットにより今回の検証作業で大きな成果を収めることが出来ました。

 大きな鳳 様 
初販版を所有されています。初販版は本当に珍しいアイテムであるだけでなく資料価値が高いものです。更に別なキットがあるのではないかという疑問を初販版と第2販版の比較によって払拭できた事からも、今回の検証作業で大きな成果を上げられたキットをお持ちであると思います。

この場を借りまして情報を提供して下さったおじさん様と大きな鳳様に心より感謝申し上げます。有難うございました。
おわりに
今回、このプラスチックキット・十和田丸を調査研究するに至ったのは、青函連絡船摩周丸の保存と産業遺産の継承をNPOとして活動されている「特定非営利活動法人・語りつぐ青函連絡船の会」が開設しているwebサイト内に有る掲示板「サロン海峡」で『プラモ・ボックスアートの世界/小松崎 茂と昭和の絵師たち』という本の中で紹介されている梶田達二氏の作品群に国鉄青函連絡船・十和田丸・シズキョー・1963と有った事を発見した方の発言が発端です。

私も幼少期にこのプラスチックモデルを完成品を友人宅で見せて貰って感動した覚えがあり、現在に至るまで連絡船のプラスチックモデルとして強く印象に残り記憶されています。そのモデルについてサロン海峡で発言を繰り返す内に、ボックスアートや内容の違いがある事が判り、更に製造メーカーである静岡教材社についても詳しく調べてみようと思ったのが、この詳細ページを作った理由です。

しかし、見た事があるものの、詳細を全く知らないキットである為、モデラーズステーションと、艦船模型関連では国内有数の情報と意見が集約しているワタ艦・モデラーズ掲示板(webマスター/ワタ様)に於いて、同キットについて情報提供を呼び掛けた所、数日の内に複数の方から貴重な情報と写真資料の提供を受けました。これによりキットの詳細を確認できたと共に、専用ページによる情報公開が叶ったのです。

青函連絡船として唯一、インジェクションキットとして発売されたプラスチックモデル・十和田丸は、既にメーカーが廃業されている事もあり、今となっては世に残るキットでしか存在を検証できません。今回の検証作業はこうして残っているキットを保有されている方の協力無しでは果たせなかった訳で、提供して下さった方々に対して何とお礼を申し上げて良いか分かりません。それだけに今回の資料提供は嬉しいもので、メールが来た時は小躍りしたものです。私個人も今後キットを手に出来るよう努力していこうと思いますが、こうして現物を保有されている方のお陰で検証作業が出来た事に感謝すると共に、今後も不明点を継続して追加調査したいと思っています。